八木城と内藤ジョアン

八木城

 戦国時代には各地で山城が造られました。八木城は丹波国守護代内藤氏の居城として、標高330mの城山の山頂から放射状に広がるように曲輪が配置されており、丹波から京都に向かう京街道を眼下に望みます。丹波国内では波多野氏が居城とした八上城、赤井(萩野)氏の黒井城と並んで、丹波三大城郭の一つに数えられるなど、丹波における重要拠点の一つでした。
 

内藤ジョアン

 丹波守護代内藤宗勝の後を継いだ内藤貞弘は宗勝の子で、洗礼名をジョアン(如安)といいます。その名が示すキリシタンで、父宗勝の死後、丹波各地を転戦していましたが、八木城に近い荘園も失うなど、その勢力は窮地に立たされていました。
 キリシタンへの風当たりが強まるなか、ジョアンはその後も信仰を捨てず、慶長19年(1614年)キリシタン禁教令により、高山右近と共にフィリピンのマニラに追放され、その地で没しました。

行事・イベントなど

八木城と内藤氏~戦国騒乱の丹波~
  • 展示解説会
    11月22日(日)午後1時~2時30分
    12月5日(土)午後1時~2時30分
  • 野外見学会
    11月14日(土)午前10時30分から午後3時30分
  • 講演会
    11月8日(日)午前10時~正午
    11月28日(土)午後1時~4時
    12月6日(日)午後1時~3時

お問い合わせ

秘書広報課
TEL:0771-68-0065